こんにちは!
設計の加藤です。
最近のニュースで、犬山市の観光入場者が伸びているという記事を目にしました。
以前、ブログでお城のこと(その時は松本城)を書きました。
犬山城のことも少し触れていたのですが、簡単にご紹介!
全国で国宝の天守を持つ5城のうち、犬山城は最も古い。
天守最上階からは山河の景観が楽しめ、好天なら伊吹山(岐阜県、滋賀県)や、岐阜県と長野県にまたがる御嶽山も望むことができる。
城下町で食べ歩きができるほか、夏から秋にかけては木曽川の鵜飼いが楽しめるのも魅力!
ただ、隣街に住む者としては、観光が栄える嬉しさの反面、城下町に「お城とは無関係な現代風のお店」が増えていく様子に、どこか寂しさを感じてしまう自分もいます。笑
国宝・犬山城や賑やかな城下町で知られるこの街に、もう一つの国宝があるのをご存知でしょうか?
ということで行ってきました!
日本庭園「有楽苑」の中に佇む茶室「如庵」

実はこの場所、400年前の茶人の美学と、昭和を代表する建築家の情熱が交差する、稀有な空間なのです。
如庵を建てたのは、織田信長の弟であり、武士の茶人として名高い織田有楽斎。
(プチ情報:弊社の営業担当の織田とは無関係らしい…。)
晩年を過ごした京都・建仁寺に築いたこの茶室には、彼の独創的なアイデアが詰まっています。
暦張り(こよみばり): 古い暦(カレンダー)を壁面に貼るという、当時としては驚きのモダンなデザイン。
有楽窓(うらくまど): 竹を細かく並べ、そこから漏れる光で宇宙的な静寂を作り出す仕掛け。
※内部は写真撮影禁止なので写真がありません。
是非、実際に見に行ってください!
しかし、この至宝が今、私たちが犬山で目にすることができるのは、一人の建築家の存在があったからです!
如庵は、京都から東京、大磯と流転の運命を辿りました。そして1972年、現在の犬山の地へと移築されます。
何回も建物ごと引っ越しているの凄くないですか?
この移築を監修し、庭園「有楽苑」全体を設計したのが、日本近代建築の先駆者 堀口捨己氏です。
堀口捨己とは?
「分離派建築会」を結成し、日本のモダニズム建築をリードした人物。
一方で、日本の伝統的な茶室建築を深く研究し、その機能美を現代に蘇らせようと腐心しました。
堀口氏は、単に「古い建物を運んできた」のではありません。
如庵が持つ本来の美しさを最大限に引き出すために、
露地(庭)の石一つ、樹木一本の配置に至るまで、徹底的に計算し尽くしたのです。

この辺の詳しい話は支配人にお聞きすることが出来ました!
移築する際に、輸送経路で通れなかった名鉄の踏切を一度バラシて、復元したとか?
凄すぎます!!!
たしかに、踏切で混雑してなかなか通れないところありますもんね。
意味が違いますが笑
「有楽斎の精神を、どう現代の空間に再現するか」
如庵を訪れた際に感じる、ピンと張り詰めたような、それでいて包み込まれるような心地よさは、
堀口氏が有楽斎に捧げた敬意そのものと言えるでしょう!
「動」の犬山城と、「静」の如庵。
観光客で賑わう犬山城下町の喧騒から、有楽苑の門を一歩くぐれば、そこは別世界。
堀口捨己が整えた静謐な庭を歩き、有楽斎が愛した光の窓を眺める。
これほど贅沢な時間はありません。
苑内の「旧正伝院書院」では、季節のお菓子とお抹茶をいただくこともできます。
ちなみに、茶菓子を食べる際に使われる「つまようじ」のような道具は、
一般的に「菓子切り(かしきり)」とよばれていますが、
本格的な茶会では、この菓子切りを懐紙に包んで持ち帰るのが正式な作法だそうです。
持ち帰った菓子切りは、記念にしたり、後で日付などを記したりすることもあるそうです。
それを知ってからは、私も持ち帰るようにしています!
この話を聞いたら、行くしかないです!

歩き疲れた足を休めながら、二人の天才が作り上げた空間に身を置いてみてください!
【開催中】
2階建ての住まい:愛知県犬山市
2026.3.7(土)~3.15(日)まで
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